「椿の島」の物語
東京都内の桟橋から大型客船に揺られること約7時間半。
洋上にぽつりと浮かぶ島が見えてきた。
東京都利島村。
伊豆諸島の一部を成す、周囲8㎞の小さな島だ。
この島に暮らす住民は約300人。
全国でも上位3番目に入るほど人口の少ない自治体となっている。
しかしこの島は豊かな自然の恵みを軸に据え、第六次産業を展開しているのである。
島の最大の特色は何と言っても面積の80%を占める椿林だろう。
その本数は20万本にもおよぶ。
利島村の椿林の歴史は古く、江戸時代中期には椿油を年貢として納めていた。
そして現代においても椿油の生産量は日本一を誇り、品質も高い評価を得ている。
島では住民のほとんどが椿の畑を所有。
木々の世話を行い、椿の実を収穫し、島内の工場へと出荷している。
まさに「椿の島」といえる。
島の中央にそびえる宮塚山の斜面には地形を利用して作られた段々畑が広がる。
そこには適度な間隔をあけ、椿が整然と植えられていた。
地肌の茶色と葉の緑色の美しいコントラスト。
木々の根元に目をやると、落ち葉や雑草がほとんど見当たらない。
地面へ自然と落下する椿の実を収穫するため、常に綺麗な状態にしておく必要があるそうだ。
別の椿林には煙がもくもくと立ちこめていた。
そこには腰を折り曲げながら熊手で丁寧に落ち葉を集めるおばあさんの姿が。
火をくべた落ち葉から立ち上る煙は木々の合間を抜け、天高く上っていった。
島の人々の椿への想いが感じられる光景で、印象深いものだった。
椿の実の収穫量は台風によって大きく左右され、安定的に供給することは難しい。
さらに搾油率(油になる量)は収穫量の約3割ほど。
油の原料としては非常に貴重なものとなっている。
10月頃、台風を無事に乗り切り、収穫された実は天日干しされた後、利島村椿油製油センターへ集荷され、生産ラインに乗せられる。
そして搾油された油は脱酸などの工程を経て、黄金色の美しい椿油となる。
そしてパッケージングされ、「純利島産」椿油として全国へと流通してゆく。
この椿油の販路拡大に奔走するのが利島村のJA職員、清水雄太氏。
Iターンで島へ移住し、現在は利島村と東京、さらには全国を忙しく飛び回る。
おしゃれな椿油のパッケージデザインも彼のアイデアによるものだ。
椿油のみならず、海産物も含め島そのものをPRする営業スタイルは、まさしく「島の営業マン」。
全国各地のイベントへ出展を重ね、椿油は利島の名とともに着実に浸透しつつある。
椿は植樹してから実をつけるまでに30年もの歳月を要する。
一朝一夕で産業化できるものではない。
代々椿畑を守り、受け継いできた先人たちの存在があり、そのバトンを新しい世代の人材がしっかりと受け継いでいる。
今日も利島の山にたなびく煙の麓には、黙々と椿林を手入れする人々の姿がある。
椿林では落ち葉に火をくべ、煙が漂う。
冬、島中で椿の花が咲き誇る。
秋には椿は実(種)を大地に落とす。落ちた実を収穫、精製し、椿油にする。
収穫された椿の実は天日干しに。
村中の椿畑から集荷された実。
ラインに乗せられ精製の工程
に進む。
搾油。
椿油のサンプル。
椿油のパッケージ。実の採取からパッケージングまで、すべて
の工程を島内で行っている。
小さな島の、大きな海の幸
利島のもう一つの特産、それが豊かな海流によって育まれた海産物だ。近海ではサザエ、伊勢エビなどの魚介類が豊富に水揚げされ、中でもサザエは「利島の大サザエ」として知られる。
そのサイズは大人の拳よりもさらに大きく、重さは何と1㎏に達するものもある。
歯ごたえも十分で刺身、つぼ焼きなど調理法を選ばない最高の食材として、築地市場などで好評を得ている。
これらの海産物は、資源保護の観点から漁獲量に規制が設けられており、小さなサイズのものは海へと還される。
こちらも島の重要な資源として島民の手により大切に守られているのだ。
また近年、イルカが利島近海で増えたことに伴い、イルカと一緒に泳ぐ「ドルフィンスイム」を楽しむ観光客の姿で賑わうようになってきた。
これまであまり観光に力を入れてこなかった島は現在、転換期を迎えつつある。
左は通常サイズのサザエ。利島産が
いかに大きいか分かる。
ドルフィンス
イムが人気を集めている。
左から、鎌田氏(漁協職員)、森山氏(漁師)、清水氏(農協職員)、
荻野氏(役場職員)、高田氏(建設会社社員)。
鎌田氏、清水氏、荻野氏はI ターン者。
人の環が紡ぐ、島の未来
利島を語る上でもう一つ外せないもの。
それは「人」の存在だ。
島の主力世代である20~40代の人口は約110人。
その中の約80人ほどが島外出身者であり、移住者というから驚きだ。
前述の清水氏のように、利島の自然やライフスタイルに魅力を感じ、移り住む人も多いという。
当然、若い世帯が増えたことで、子供の数も増加。
島内唯一の保育園では現在、開園以来最高となる24人の園児が在園している。
この24人という数字は全村民の約8%にあたる。
夜になり、農協・漁協・村役場・建設会社といった島内に勤務する若い人々が酒を酌み交わし、島の将来について語り合う。
そこでは島の生まれかどうかは関係ない。
皆の口から語られる言葉は、どれも島への愛に溢れていた。
次の世代を担う若い人々の環は、利島村にとって最も大きな宝なのかもしれない。